雲龍山勝興寺

更新日:2024年03月25日

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勝興寺の紹介

勝興寺「本堂」「大広間及び式台」が令和4年12月12日に国宝指定されました。

北東側より撮影された、本堂の建物外観の写真
東側より撮影された、大広間及び式台の建物外観の写真

指定理由

 勝興寺本堂は、近世の大型真宗本堂として屈指の規模を持ち、江戸後期以降の我が国を代表する大型寺院本堂の一つである。大広間及び式台は、浄土真宗の対面所の初期形式から、入側を取込んで発展した、対面所の整備過程を体現する建物であり、歴史的価値は極めて高い。本堂、対面所を完備した、本山級に準じる連枝、別院格の寺院としては破格の規模、形式を誇り、全国的にみても大型真宗寺院の典型となる。

 また勝興寺は、近世以降、加賀藩前田家の庇護のもと、本願寺との関係を深めた。我が国の社会に大きな影響を及ぼした浄土真宗が、畿内から北陸へ教線を拡大する中、地域の拠点となった宗教施設として、格式高い本堂、対面所をこの地に成立させたことは、深い文化史的意義を有している。

勝興寺の歴史

 勝興寺は、文明3年(1471)に本願寺8世蓮如が越中国砺波郡蟹谷庄土山に営んだ「土山御坊」に始まり、土山御坊は、代々蓮如の子孫が住職を勤め、明応3年(1494)に高木場へ移転後、永正14年(1517)には、佐渡にあった順徳天皇御願寺を継承して「勝興寺」と称した浄土真宗本願寺派の寺院です。勝興寺は、越中の西部を支配下におき、戦国時代の複雑な政治情勢の下、甲斐の武田氏や越前の朝倉氏等の戦国大名との関係を深めました。永正16年(1519)、堂舎の焼失を機に、安養寺に移転、天正9年(1581)に織田信長方(佐々成政の配下)の地方武士(石黒成綱)の夜襲で堂舎が全焼したため、天正12年(1584)に現在の高岡市伏木古国府に移り再興されました。

 近世に入ると、前田利長は勝興寺に制札を与え、武装化した奉公人を禁止しており、勝興寺は境内や寺領を限定された近世寺院への変質を遂げました。その後、勝興寺は藩主前田家、本願寺及び公家との関係を深め、越中における浄土真宗の触頭として近代にいたるまで権勢を振るいました。

勝興寺の国宝昇格に関する詳細
区分 詳細 備考
国宝昇格 令和4年12月12日  
指定の範囲 本堂、大広間及び式台 2棟
重要文化財(建造物)指定 昭和63年1月13日(平成7年12月26日追加統合)  
指定の範囲 経堂、御霊屋、鼓堂、宝蔵、総門、唐門、式台門、
台所、書院及び奥書院、御内仏(附棟札2枚、旧獅子口1個)
10棟

勝興寺の指定建造物の特徴

北東側より撮影された、勝興寺の境内および伽藍の鳥瞰写真

本堂

 寛政7年(1795)に本山にあたる本願寺阿弥陀堂を規範として建設されたもので、桁行約39.3メートル、梁間約37.5メートル、高さ約23.5メートルの巨大な建造物で、地方においては破格の規模です。

 本堂は、勝興寺13代法暢(後に還俗し、加賀藩主:前田治脩となる)が再建の計画を立てました。再建にあたっては、西本願寺の水口棟梁によって木口絵図が描かれ(基本設計がなされ)、加賀藩御大工・山上善五郎の技術指導を得て、地元大工である棟梁瀧川喜右ヱ門の采配の下で工事は進捗しました。

本坊

 近世に建立された住宅建築様式である「書院造」です。
 本坊は、正面に大広間と式台を置き、大広間後方には書院と奥書院を、式台後方には台所を、書院造の典型例である雁行状に配置します。

 大広間は、勝興寺9代良昌が入寺し、前田利常の養女が輿入れした後の17世紀中期に建立されたと考えられます。極めて木太く、均整のとれた大規模な建物であって、二列の床構えを持ち、上段を構えるなど格式高い。当初は、東側の板廊下がなく、南東端に玄関を構えていたことが保存修理事業で判明しました。これは、浄土真宗における対面所の初期遺構である二列並び形式の鷺森別院主殿(和歌山県)の平面と類似します。現在の姿は、北に式台を独立して増築し、玄関を設け、板敷であった大広間の北列、南列を畳敷に改め、格式を高めた三列並びに準じた対面所へと整備されたことが判明し、浄土真宗の対面所の整備過程を体現する建物であり、歴史的価値は極めて高い。と評価されます。

 式台は、本堂建て替え前の18世紀後半の建立と考えられ、武家殿舎における遠侍に対応する性格を持つ建物として評価されます。

諸堂及び諸門

 広大な境内の入口には総門があり、総門をくぐった正面には鼓堂が建ちます。境内南側には唐門、経堂が、北側に式台門が建ち、いずれも近世中期から後期にかけて建設されたものです。

境内地

勝興寺の境内地は、越中国庁跡と伝承されており、その形状は周囲に土塁と空濠を巡らした特異なものです。

保存修理事業について

境内に残る建造物群については創建以来、抜本的な保存修理がなされたことがなく破損が進んでいたこともあり、重要文化財に指定されている建造物について、下記の保存修理等の事業が行われました。

  • 本堂保存修理事業(第1期修理事業) [平成10(1998)年7月~平成17(2005)年3月末]
  • 勝興寺第2期修理事業

拝観のご案内

勝興寺へお越しになられる方は、勝興寺ホームページをご確認ください。

この記事に関するお問い合わせ先

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