蘭婦紀事
| 文書名 | 蘭婦紀事 |
| よみ | ランフキジ |
| 著者・差出人 | 桂国寧/記、阿波加修吾/写 |
| 版年 | 文政3(1820) |
| ページ数 | 3丁 |
| 大きさ | 25x18(cm) |
| 請求番号 | 佐渡家 385 |
| 解説 |
文化4年(1807)7月4日、崎陽港(長崎)へ、はじめて、カピタン(江戸 時代、長崎にいたオランダ商館長のこと)のヤンコツクブロムホフが妻子 を伴って入港した。鎮台は、携婦を理由に上陸を許さなかった。海外婦女 渡来は国制禁止のため、カピタンのドーフ帰舶に際し、妻子を護送、9月 に発還した。 後期の蘭方医。江戸将軍家侍医桂川家6代。蘭学は大規玄沢、宇田川玄真、 坪井信道らに学び、医学は漢蘭折衷。文政10(1827)年奥医師、天保2 (1831)年法眼となる。植物にも造詣が深く、シーボルトは「日本」 「日本植物誌」に度々甫賢の名と説を記している。文政3年(1820)成 立で、阿波加修吾が写したもの。 |
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更新日:2024年10月17日