Vol.31氣多神社春季例大祭と藤井能三の顕彰祭で思ったこと

更新日:2026年05月07日

ページID : 13855

高岡の歴史や文化に触れるたびに、その深さと厚みに感銘を受けます。4月の「伏木」での2つの公務は大変、貴重な経験でした。1つは、伏木一宮の氣多神社の春季例大祭。そしてもう1つは伏木の発展に貢献した藤井能三の顕彰祭。こうした行事を継続する地域住民のパワーに改めて敬意を抱きます。

 

氣多神社で4月18日、春季例大祭が行われました。獅子舞が奉納されましたが、たっぷり堪能させていただきました。

まずは、「にらみ獅子」。にらむように頭をゆっくりと左右に動かしていました。にらまれると厄が払われるといわれていますが、子どもは泣き出していました。その光景を見て、幼き頃、獅子ににらまれて怖かったことを思い出しました。

 

さらに「祭禮(さいれい)獅子」。こちらは、大人の天狗役もお目見えしました。大きな動きで舞う姿は、エネルギッシュでしたね。これらの獅子舞を見ていると、震災復興は必ず、実現できると、確信しました。ありがとうございます。

 

そして参拝の際に、驚いたのは、2礼4拍手1礼だったことです。高岡の多くの神社の2礼2拍手1礼ですが、なぜと思ったら、氣多神社は出雲大社と深い関係があるとのことのです。私にとって、出雲は亡くなった妻の故郷。出雲大社で、結婚しました。そんなこともあり、氣多神社にご縁を感じました。

伏木の氣多神社では大己貴命(オオナムチノミコト)が祀(まつ)られています。この大己貴命は又の名を大国主大神(オオクニヌシノオオカミ)といい、大国主大神といえば、出雲大社です。遠く離れた高岡と出雲が神さまで結びついているのです。

 

 

 

 

そして4月20日に行われた藤井能三の顕彰祭・能三祭。藤井能三といえば、伏木の発展に貢献した郷土の偉人です。

藤井は、私財を投じて、小学校を建設しました。地域の担い手となる人づくりが大事だと考えたのです。それが今の伏木小学校です。東京から地球儀や教科書を取り寄せ、近代的な教育を推進したのです。

また、藤井は22歳の時に、神戸を視察しました。そこで見たのは神戸港の活況ぶりです。蒸気船が往来して、物品が流れ動いていたのです。伏木港を整備するため、私財も投じたのです。「伏木港開港の祖」と呼ばれています。

そんな藤井能三の顕彰祭・能三祭に参加して私が驚いたのは、子どもたちの反応です。

 

「きょうは誰の日でしょうか」。私がそんな質問をすると、子どもたちはすぐに答えました。「藤井能三(ふじい・のうそう)さんの日」。

そして、「藤井能三さん知っていますか」と問いかけると、全員が手を挙げました。

「知っています」「伏木小学校をつくった人」。自然と子供から言葉が出てくるのです。

郷土教育がしっかり根付いていますね。

 

伏木は、歴史と文化が息づいています。そして伏木だけではありません。高岡の最大の特徴は、歴史と文化です。先人が必死になって残してくれたのです。私たちは子どもたちに伝え、未来も残さなければなりません。