Vol.26 市長としての目標は「中村哲さん」
先日、高岡市ふれあい福祉センターで、ドキュメンタリー映画「医師中村哲の仕事・働くということ」を鑑賞しました。中村哲さんは、アフガニスタンで砂漠を緑に変えた医師です。2019年12月凶弾で亡くなりましたが、私が最も尊敬する人物の1人です。私が属したテレビ朝日の報道ステーションで、何度も特集で取り上げていたのが、中村さんです。中村さんの偉業を世に問うことが報道の使命だと思っていました。
中村さんは九州大学医学部を卒業し、精神科医になりました。そして、1984年から医療支援のため、パキスタン北西部のペシャワールの病院に赴任したのです。そこでは、数多くのハンセン病の患者がいました。医師のいない地域です。患者は国境を越えて次々に、中村さんの下に、やってきました。中村さんの誠実な人柄もあり、医療支援は拡大していきました。
ところが、2000年に局面が変わります。アフガニスタンで大干ばつが起きたのです。農業は壊滅的になりました。多くの人が飢餓に苦しみ、栄養失調などで亡くなったのです。こんな状況下で、中村さんは医療だけでは限界があると痛感しました。何よりまず水の確保です。「100の診療所より、1本の用水路」と考えました。
中村さんは大きな決断を下します。用水路の建設です。土木工事についての知識がなかったのですが、独学で勉強しました。そして工事に着手しました。難民として逃げていた農民たちが、故郷に戻り、工事を手伝います。そして用水路は完成。25キロ以上のもので、砂漠に緑を蘇らせたのです。
「人は人のために働いて支え合い、人のために死ぬ。そこに生じる喜怒哀楽に翻弄されながらも、結局はそれ以上でもそれ以下でもない。」
これは映画の中での中村さんの言葉です。政治家になってこの言葉を聞くと、ジャーナリストの時以上に共感しますね。「人は人のために働いて支え合い、人のために死ぬ」。これぞ、政治家の目指すべき姿です。
なぜ、報道の世界から政治の道を選んだのか。多くの人に聞かれます。中村さんのような生き方に影響されたのです。妻を看取った後、世のため、人のために働きたいと思ったのです。
中村さんの座右の銘は「一隅(いちぐう)を照らす」です。
「一隅」とは、社会の片隅や目立たない場所のことです。つまり、どんな場所でもできることを精一杯やることが、社会全体を照らす力になるという教えです。
私は高岡市長として、中村哲さんの生き方を目指しております。
(引用)
谷津賢二監督.医師中村哲の仕事・働くということ.日本電波ニュース社.2022.(DVD)






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更新日:2026年03月24日