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更新日:2018年12月1日

銅造阿弥陀如来坐像(高岡大仏)

 高岡大仏の紹介

文化財の名称

銅造阿弥陀如来坐像

高岡市指定文化財

昭和56年4月15日

所在地

高岡市大手町11-29

総高

15.85m

総重量

65トン

高岡大仏

高岡大仏について

日本三大仏と称され、広く市民に親しまれている銅造阿弥陀如来坐像は、延享2年(1745)、坂下町の浄土宗極楽寺第15世等誉上人が大仏建立を誓い、弟子の良観を勧進職として高さ3丈2尺(約10m)の木造金色の仏像を建立したのが始まりです。しかし、文政4年(1821)の大火によって焼けてしまいました。極楽寺第26世譲誉上人は再興を祈念して町民に訴え、20年後の天保12年(1841)に1丈6尺(約5m)の木像を再興しました。それから60年後、明治33年(1900)の大火によって再び焼けてしまいました。

定塚町の松木宗左衛門は、今度は再び焼けることのない鋳銅仏にしたいと発願し、市内だけでなく広く各地に勧進しました。景気の不振や宗左衛門の病死などもあって事業はなかなか進みませんでしたが、数多くの人々の寄進と労力奉仕によって昭和8年(1933)についに完成しました。

原型は中野双山。古式鋳造法である焼型重ね吹きの技法で、鋳造から着色にいたるすべての工程を高岡の工人・職人たちの手で行った記念すべき大作です。

また昭和33年(1958)に円光背が取り付けられました。昭和53~56年(1978~1981)と平成19年(2007)に大規模な修理が行われ、現在に至っています。

高岡大仏は極楽寺末寺の大仏寺が管理し、また、コンクリートの台座内は巡回できるようになっており、地獄変・極楽変の絵画が浄土宗の宗教観を伝えています。

修理事業について

経年劣化による表面のひび割れや腐食等を受け、平成19年に、昭和56年(1981)以来の大修理が行われました。

お問い合わせ

教育委員会生涯学習・文化財課

富山県高岡市広小路7-50

電話番号:0766-20-1453