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更新日:2020年6月12日
伏木港は、日本海沿岸の中央部富山湾の恵まれた位置にあり、能登半島の遮蔽効果により日本海側港湾としては、西側からの風浪の影響を受けにくい天然の良港です。風光明媚な中部山岳国立公園、能登半島国立公園にいだかれた自然の景観と共に、先人の英知とたゆみない努力により、古くから要港として栄えてきました。
天平18年(746)大伴家持が越中国守として着任した万葉の時代には、すでに港として利用されていました。また、寛文3年(1663)には、江戸幕府が全国に13港の船政所を置き、その一つに指定されました。
現在、その背後には、臨海工業地帯、石油配分基地を擁し、ロシアをはじめ対岸諸国との貿易港として、高岡市のみならず、広く県内外の社会経済発展の一翼を担っています。
また、近年は大型クルーズ船の寄港地としても対応しています。平成29年(2017)に万葉2号岸壁改良工事が完成したことにより、22万トン級のクルーズ船の受け入れが可能となりました。
天平18年(746)
歌人大伴家持が越中国守として着任。この頃、すでに港として利用されていた。
寛文3年(1663)
江戸幕府より、全国の船政所13港の一つとして指定された。
明治22年(1889)
特別輸出港に指定。米、麦、石炭、硫黄等を海外へ輸出した。
明治27年(1894)
特別貿易港に指定。ロシア領沿岸州、樺太及び朝鮮との貿易で栄えた。
明治32年(1899)
開港場に指定。外航船の出入りで港が活況を呈した。
明治45年(1912)
伏木港へ流出する庄川を分離する切替工事が竣工。
大正10年(1921)
第二種重要港湾指定。
昭和15年(1940)
輸移出入貨物が年間186万トンに達し、日本海沿岸随一の港となった。
昭和26年(1951)
重要港湾に指定。伏木港整備3ヵ年計画に着手。岩崎鼻灯台(F.L.W5-1)を設置。
昭和29年(1954)
植物防疫指定港となった。
昭和34年(1959)
日ソ海運協定の中の寄港地に指定された。(日ソ貨物定期航路ジャパン・ナホトカライン平成20年(2008)まで)
昭和37年(1962)
石油配分基地用埋立地造成に着工。(完成1964年)
昭和40年(1965)
石油配分基地に4社30基のタンクを設置、隣接する国分港にタンカー専用岸壁が完成。
昭和40年~昭和50年(1965~1975)
県営上屋の建設、岸壁の改造(水深増)、臨港道路の築造、伏木港大橋の完成など港湾施設の充実。
昭和50年(1975)
日本ロシア極東各港との定期配船指定港となった。
昭和54年(1979)
右岸に伏木指向灯を設置。
昭和61年(1986)
特定重要港湾に指定。伏木富山港港湾計画を承認。
平成元年(1989)
伏木外港建設着工。
平成2年(1990)
伏木ポートルネッサンス21計画調査報告書を提言。
平成5年(1993)
ロシアのウラジオストク港との客船就航。
平成8年(1996)
伏木外港危険物取扱施設用地及び同施設岸壁完成。
平成9年(1997)
伏木万葉ふ頭用地(A工区)完成。
平成10年(1998)
伏木万葉ふ頭(万葉1号・2号岸壁)供用開始。
平成11年(1999)
伏木港開港100周年。
平成12年(2000)
伏木外港で-12m岸壁を有する国際物流ターミナル建設着工。
平成14年(2002)
北防波堤(1,500m)完成。
平成15年(2003)
伏木外港の伏木万葉ふ頭緑地完成。
平成16年(2004)
臨港道路伏木外港1号線着工。
平成18年(2006)
国際物流ターミナル(万葉3号岸壁)供用開始。
平成20年(2008)
北防波堤延伸部(150m)建設着工。
平成21年(2009)
伏木港開港110周年。伏木外港1号線の一部供用と伏木万葉大橋の供用開始。
平成23年(2011)
日本海側拠点港ならびに総合的拠点港に選定。
平成24年(2012)
北防波堤延伸部(150m)完成。北防波堤総延長1,650m。
平成25年(2013)
万葉3号岸壁耐震改良工事着手。
平成28年(2016)
万葉3号岸壁耐震改良工事完成。
平成29年(2017)
万葉2号岸壁改良工事完成。(クルーズ船22万トン級の受け入れ可能)
平成30年(2018)
「みなとオアシス伏木」登録。
令和元年(2019)
伏木港開港120周年。
旧伏木港右岸3号岸壁水平引込式クレーン(マンモス・クレーン) 国の登録有形文化財に登録。
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