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ホーム > 産業・まちづくり > 都市計画 > 歴史まちづくり > 高岡市歴史まちづくり計画の認定

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更新日:2017年4月17日

高岡市歴史まちづくり計画の認定

高岡市は、平成23年6月8日付けで高岡市歴史的風致維持向上計画(通称:高岡市歴史まちづくり計画)の認定を受けました。

全国の認定状況等(外部サイトへリンク)(国土交通省のホームページにリンク)

この計画は、「地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律(通称:歴史まちづくり法)」に基づき策定し、主務大臣(文部科学大臣、農林水産大臣、国土交通大臣)より認定を受けたものです。

この計画に基づく歴史まちづくりを通して、市民の一人ひとりが高岡の歴史と伝統に誇りと愛着を持って生活し、また、おもてなしの心を持って来訪者に高岡を語ることのできる、歴史都市・高岡の確立を目指していきます。

歴史まちづくり法とは

「歴史的風致」の維持及び向上を図るため、歴史的風致維持向上計画を認定し、計画に基づく措置を講ずることにより、個性豊かな地域社会の実現を図り、もって都市の健全な発展と文化の向上に寄与することを目的とするもの
(平成20年5月23日公布/平成20年11月4日施行)

高岡の歴史

古くは関野と称した荒野に、慶長14年(1609)9月、加賀藩2代藩主・前田利長が高岡城を築城し、その城下町として開かれた町が高岡です。
高岡の地名は「鳳凰鳴矣于彼高岡」という「詩経」中の一節にちなんで付けられたといわれてます。

その後、利長の死と、元和元年(1615)の一国一城令による高岡城廃城、家臣団の金沢への引き上げに伴い、商工人の金沢・富山移転が行われ、高岡は急速に衰退していきます。

このことを憂えた3代利常は、元和6年(1620)に町人の高岡転出を禁止しました。さらに、寛永12年(1635)に布御印押人を置き、高岡を麻布の集散地とし、明暦3年(1657)には魚問屋の創設を認め、また、古御城内に御収納米蔵と御詰塩蔵を設置するなどの商工振興策を積極的に推進しました。

利常によるこの“城下町から、商工業の町へ”の転換により、高岡は物資集散の商都として繁栄しました。

一方、慶長16年(1611)、利長は砺波郡西部金屋より7人の鋳物師を招き、土地を与えて5個所の吹場(鋳物作業場)をつくり、「御印」を与えて諸役を免除するなど鋳物産業を奨励しました。

これが現在の金屋町の地で、高岡鋳物の始まりです。

以来、高岡の鋳物産業は、加賀藩の庇護や町人らの努力により大きく発展し、開町以来の伝統産業として現代に継承されています。

高岡城跡を北より望む(平成18年撮影)
高岡市立博物館提供

問合せ先

高岡市都市整備部都市計画課景観・まちづくり担当
〒933-8601 高岡市広小路7番50号 市庁舎6階
TEL:0766-20-1407 FAX:0766-30-2482
E-mail:toshi@city.takaoka.lg.jp

お問い合わせ

都市創造部都市計画課

富山県高岡市広小路7-50

電話番号:0766-20-1407

ファックス:0766-30-2482