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更新日:2016年3月17日

高岡城跡

高岡城跡

[富山県指定史跡]

加賀藩2代藩主前田利長によって築かれた平城。

慶長10年(1605)、利長は弟で13歳の利常を藩主とし、富山城に隠居した。慶長14年(1609)3月、火災によって富山城が消失したため、利長は幕府の許可を受け、新たに射水郡関野の地に城を築いた。同年9月に利長は入城し、高岡城と名づけた。

慶長19年(1614)に利長が没し、元和元年(1615)、一国一城の令によって廃城とされた。3代藩主利常は高岡城の施設を取り除いたものの、米倉、塩倉、火薬庫等を置いて水堀、塁を残した。

城の設計はキリシタン大名として有名な高山右近と伝えられる。未完成のまま廃城となったため、計画された高岡城の規模・構造などは不明であるが、本丸、二の丸以下各曲輪は加賀藩の本城である金沢城に比べてはるかに大きく、曲輪の配置も本丸を中心に取り囲むような一般的なものと異なっている点が特徴的である。

明治維新後、高岡城の払い下げが決定されるが、服部嘉十郎ら市民が公園に指定されるようにと運動したことにより、明治8年(1875)払い下げが取り消された。以来、古城公園として市民に親しまれている。平成18年(2006)には「日本百名城」「日本の歴史公園百選」の選定を受けている。

築城当時の遺構が現存し、近世初頭の城郭設計・技術等を考える上で貴重な資料となっている。

石垣

石垣

お問い合わせ

教育委員会生涯学習・文化財課

富山県高岡市広小路7-50

電話番号:0766-20-1453