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「越中福岡の菅笠製作技術」が国の重要無形民俗
文化財に指定されるよう答申されました
平成21年1月16日、国の文化審議会において、高岡市福岡町の菅笠を製作する民俗技術が「越中福岡の菅笠製作技術」として、
全国の7件(民俗技術3件)とともに国の重要無形民俗文化財指定の答申を受けました。
1 文化財の概要
(1)名 称 越中福岡(えっちゅうふくおか)の菅笠製作技術(すげがさせいさくぎじゅつ)
(2)所 在 地 富山県高岡市福岡町
(3)保護団体 越中福岡の菅笠製作技術保存会 平成20年10月30日設立 会長:木村昭二氏
(4)特 色
本件は、農作業や外出などに利用されてきた菅笠を製作する技術である。ひご状に加工したタケを円錐状に巧みに組み立てる笠骨作りと、菅笠用に栽培 したスゲを笠骨に丁寧に縫いつけていく笠縫いを、男女の分業により効率よく行う点に特色がみられる。この菅笠製作に際立った文化財的価値が認められるのは 、菅草の栽培から笠骨作り、笠縫いから仕上げを経て出荷するまでの全工程が、当地で集約的に行われている点である。これらは基本的に手作業で行なわれ ており、伝統的な菅笠製作技術をよく伝えている。本件では400年以上の年月を経た民俗技術が、当初の生産・製作形態を保ちながら今日に継承されており 、我が国の笠の製作技術、特に縫い笠の製作技術を考える上で重要である。
(5)概 要
高岡市福岡町における菅笠生産は、伝承によれば室町時代の嘉吉年間まで遡るが、本格化するのは江戸時代になってからである。江戸時代中〜後期にな ると、独立した笠問屋が福岡で多くみられるようになり、藩の産物会所が福岡町に設置されたことで砺波郡域の菅笠集散地として機能することになった。
こうした藩を挙げての産業奨励を受けた菅笠は、幕末を迎える頃には最盛期を迎え、元治元年(1864)には、210万蓋(かい)(=枚)の菅笠出荷記録も確認 できる。また、当地で製作された菅笠は、「加賀笠」の名で広く知られ、本州日本海側に点々とみられた菅笠の製作地にも影響を与えたといわれる。近代以降 も昭和30年代までは、100万蓋を上回る出荷数を記録しており、福岡町は菅笠の一大生産地であった。
全国シェアの9割以上を占めるとされる出荷高は、現在では年間6万枚程度になっているが、良質の菅草を活かした製作技術レベルは笠の生産種類の多さに も反映されており、全国一の高品質な菅笠を出荷し続けている。
2 その他
(1)民俗技術としては、これまでの国指定7件に続く指定であり、県内では初めてとなる。
(2)今回の指定により、市内の国指定重要無形民俗文化財は2件(県内では6件)となる。
(3)市内の国指定・選定文化財の総件数は、26件(県内では101件)となる。