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文化財の名称 銅造阿弥陀如来坐像
高岡市指定文化財 昭和56年4月15日
所在地 高岡市大手町11-29
総高 15.85m
総重量 65トン
高岡大仏について
日本三大仏と称され、広く市民に親しまれている銅造阿弥陀如来坐像は、延享2年(1745)、
坂下町の浄土宗極楽寺第15世等誉上人が大仏建立を誓い、弟子の良観を勧進職として
高さ3丈2尺(約10m)の木造金色の仏像を建立したのが始まりです。しかし、文政4年(1821)の
大火によって焼けてしまいました。極楽寺第26世譲誉上人は再興を祈念して町民に訴え、
20年後の天保12年(1841)に1丈6尺(約5m)の木像を再興しました。それから60年後、
明治33年(1900)の大火によって再び焼けてしまいました。
定塚町の松木宗左衛門は、今度は再び焼けることのない鋳銅仏にしたいと発願し、市内だけ
でなく広く各地に勧進しました。景気の不振や宗左衛門の病死などもあって事業はなかなか進み
ませんでしたが、数多くの人々の寄進と労力奉仕によって昭和8年(1933)についに完成しました。
原型は中野双山。古式鋳造法である焼型重ね吹きの技法で、鋳造から着色にいたるすべての
工程を高岡の工人・職人たちの手で行った記念すべき大作です。
また昭和33年(1958)に円光背が取り付けられました。昭和53〜56年(1978〜1981)と平成19年
(2007)に大規模な修理が行われ、現在に至っています。
高岡大仏は極楽寺末寺の大仏寺が管理し、また、コンクリートの台座内は巡回できるようになっており、
地獄変・極楽変の絵画が浄土宗の宗教観を伝えています。
大仏修理事業について
経年によって表面のひび割れや腐食等が進んでいたため、昭和56年(1981)の修理以来の大修理が行われました。
事業内容
経年劣化によって表面のひび割れ、穴、腐食等が 見られたため、劣化部分の修理と全面塗装を行いました。
また台座部分では雨漏りや塗装の劣化が進んでいたため、防水及び塗装の全面改修を行いました。
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| 修理前の様子 | 着色の様子 |
工事内容
請負業者 一公工業(株)
工事監理 山口建築設計事務所
工期 平成19年7月27日〜12月15日
事業費 約2400万円(高岡市補助金、所有者負担金)