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更新日:2016年3月17日

高岡大仏

 高岡大仏の紹介

文化財の名称

銅造阿弥陀如来坐像

高岡市指定文化財

昭和56年4月15日

所在地

高岡市大手町11-29

総高

15.85m

総重量

65トン

高岡大仏

高岡大仏について

日本三大仏と称され、広く市民に親しまれている銅造阿弥陀如来坐像は、延享2年(1745)、坂下町の浄土宗極楽寺第15世等誉とうよ上人が大仏建立を誓い、弟子の良観を勧進職として高さ3丈2尺(約10m)の木造金色の仏像を建立したのが始まりです。しかし、文政4年(1821)の大火によって焼けてしまいました。極楽寺第26世譲誉じょうよ上人は再興を祈念して町民に訴え、20年後の天保12年(1841)に1丈6尺(約5m)の木像を再興しました。それから60年後、明治33年(1900)の大火によって再び焼けてしまいました。

定塚町の松木宗左衛門は、今度は再び焼けることのない鋳銅仏にしたいと発願し、市内だけでなく広く各地に勧進しました。景気の不振や宗左衛門の病死などもあって事業はなかなか進みませんでしたが、数多くの人々の寄進と労力奉仕によって昭和8年(1933)についに完成しました。

原型は中野双山。古式鋳造法である焼型重ね吹きの技法で、鋳造から着色にいたるすべての工程を高岡の工人・職人たちの手で行った記念すべき大作です。

また昭和33年(1958)に円光背が取り付けられました。昭和53~56年(1978~1981)と平成19年(2007)に大規模な修理が行われ、現在に至っています。

高岡大仏は極楽寺末寺の大仏寺が管理し、また、コンクリートの台座内は巡回できるようになっており、地獄変・極楽変の絵画が浄土宗の宗教観を伝えています。

大仏修理事業について

経年によって表面のひび割れや腐食等が進んでいたため、昭和56年(1981)の修理以来の大修理が行われました。

事業内容

経年劣化によって表面のひび割れ、穴、腐食等が見られたため、劣化部分の修理と全面塗装を行いました。
また台座部分では雨漏りや塗装の劣化が進んでいたため、防水及び塗装の全面改修を行いました。

修理前の様子

修理前の様子

着色の様子

着色の様子

工事内容

請負業者

一公工業(株)

工事監理

山口建築設計事務所

工期

平成19年7月27日~12月15日

事業費

約2400万円(高岡市補助金、所有者負担金)

 

お問い合わせ

教育委員会文化財課

富山県高岡市広小路7-50

電話番号:0766-20-1453